京都地方裁判所 昭和62年(ワ)310号 判決 1987年12月17日
原告 北村豊藏
右訴訟代理人弁護士 橋本盛三郎
同 浜田次雄
同 松浦武二郎
同 松浦正弘
同 山下潔
被告 明星自動車株式会社
右代表者代表取締役 橋本等
同 鈴木勇
右訴訟代理人弁護士 小林昭
同 大戸英樹
同 南出喜久治
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告が額面金額一株金五〇〇円、発行価額一株金一〇〇〇円、割当者株式会社ジャルファイナンスとして、昭和六一年八月二〇日になした記名式普通額面株式二万株の新株発行は無効とする。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 当事者
(一) 被告は、昭和三三年に設立された一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)を業とする株式会社であり、資本の額は金六五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は一〇万株(一株の額面金額は金五〇〇円)である。
(二) 原告は、被告会社設立のころからの株主であり、九二〇〇株の株式を有するものである。
2. 新株発行
被告は、昭和六一年八月一六日開催の臨時株主総会の決議を経て、同月二〇日、次の(一)ないし(四)の要領による新株発行(以下「本件新株発行」という。)を実施した。
(一) 発行新株式数 記名式普通額面株式二万株
(二) 最低発行価額 一株につき金一〇〇〇円
(三) 払込期日 同月一九日
(四) 割当方法 訴外株式会社ジャルファイナンス(以下「ジャルファイナンス」という。)に対する第三者割当
3. 新株発行無効事由
(一) 著しく不公正な方法による新株発行
(1) 被告会社代表者橋本等及び同鈴木勇は、同人らの支配権を確立するために本件新株発行を企図したものである。即ち、これまで、原告外多数の株主は、橋本等及び鈴木勇ら現役員並びにこれに同調する株主が被告会社を独裁的に支配することに反対し、別件訴訟として新株発行差止(無効)請求訴訟及び株主総会決議取消請求訴訟を提起し、現に係争中であり、双方で対立が続いている状況であるところ、橋本等及び鈴木勇らは、本件新株発行において、同人らと意を通じたジャルファイナンスに対し新株全部を割り当てることによって、橋本等及び鈴木勇らに同調する株主を増加させ、同人らの支配権を確立しようと企図したものである。
(2) 本件新株発行は、被告会社に何ら資金需要が存しないのに実施されたもので、かえってその財務体質を悪化させるものである。即ち、従前被告は、同会社の株式の時価につき一株金三九〇七円である旨主張し、これに対して原告は、一株金八六二三円が適正価格である旨主張していたところ、本件新株発行は、会社が発行する株式の総数一〇万株の残余である二万株を被告主張の株価の約四分の一である一株金一〇〇〇円という特別安い価額でジャルファイナンスに対し第三者割当をなしたものであり、また、ジャルファイナンスは、貸金業等を目的とする会社であり、その役員構成からすると京都信用金庫の関連会社と推察され、本件新株発行によって被告会社の業績が安定することはありえず、かえってその財務体質が悪化すると考えられる。
(二) 右(一)の事実が新株発行無効事由になりうることについて
前記(一)の(1)のとおり会社の運営をめぐって株主が二派に分かれて対立している場合には、その一派に属する取締役ないしその同調者のみに新株を割り当てるような新株発行はそもそも許されない。
また、被告会社は非公開会社であり、定款において株式の譲渡制限を規定しているから、その株式が転々流通することはありえないし、しかもジャルファイナンスは、橋本等及び鈴木勇らの支配権を確定するという趣旨で新株の割当てを受けたのであるから、これを他に譲渡することはありえないことである。そうすると、本件においては、新株発行を無効とした場合の取引の安全を考慮する必要は存しないのであり、前記(一)の事実は、新株発行無効事由たりうるというべきである。
4. よつて、原告は、被告に対し、本件新株発行を無効とすることを求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1、2の各事実は認める。
2. 同3の事実について、(一)の(1)は否認する。(一)の(2)のうち、従前被告は、同会社の株式の時価につき一株金三九〇七円である旨主張し、これに対して原告は、一株金八六二三円が適正価格である旨主張していたこと、本件新株発行は、会社が発行する株式の総数一〇万株の残余である二万株を被告主張の株価の約四分の一である一株金一〇〇〇円でジャルファイナンスに対し第三者割当をなしたものであること、ジャルファイナンスは、貸金業等を目的とする会社であり、京都信用金庫の関連会社であることは認め、その余は否認する。(二)は否認ないし争う。
3. 同4は争う。
第三、証拠<省略>
理由
一、まず、著しく不公正な方法により新株を発行したことが新株発行無効事由になりうるかどうかについて検討する。
一般に新株発行無効の訴えにおいて、新株発行の際に遵守すべき法令又は定款の規定の違反のうち、いかなる事由を無効原因と解すべきかについては、商法上特に規定がなく、解釈に委ねられていると考えられるところ、新株発行の効力が生ずる以前に新株の発行を差し止める場合であれば、すべての法令、定款違反の事実を差止事由とすることも妥当であるが、既に新株発行の効力が生じ、会社がそれによって拡大された規模で活動を開始した後に新株発行の無効を問題とする場合には、たとえ無効の遡及効が阻止されるとしても、取引の安全保護の観点から、なるべく無効原因を狭く解すべきである。
そこで、右立場から本件について見ると、原告が新株発行無効事由として主張する請求原因3の(一)(著しく不公正な方法による新株発行)の事実は、比較的軽微な法令、定款の違反であり、新株発行無効原因にあたらないと解すべきものである。したがって、原告の右主張は、それ自体失当というべきである。
二、そうすると、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 彦坂孝孔 高橋善久)